蕎麦屋『松雪庵』二代目 4beatでいこうよ。

松雪庵、原田製麺所の二代目。趣味でBass弾いてる三児の父親。 店のことや音楽のこと、日常的な何でもないこと、そんなこんなです。 鼻唄は常にウォーキングベース♪

『Memorial Jazz Session for H.J.Q 松橋弘人』御大と呼ばれた八戸Jazz界の師を偲ぶ

 
七月七日、八戸市のA7というお店へいってきました。

テナーサックス奏者松橋弘人氏の一周忌ということで、

氏を偲ぶ会でした。

約一時間くらい遅れて会場に着くと既に満員で、

会場は既にホット。

丁度ウッドベースの師匠、ミッキーさん達のバンドが演奏していました。


ステージ右手には松橋さんのご遺影があり、会場に向いていました。

お亡くなりになられたときは丁度嫁ちゃんのお父さんの法事で、

(命日ではないんですけど恐山の大祭で和尚さんがいつも居ないので必ずずらされる)


帰り際ですがやっと、

松橋さんに手を合わせる事ができました。




21、2の頃だったと思いますが当時まだまだ駆け出しで、

ブルースもろくすっぽ弾けないガキでした。

いや、ブルースとかそういう以前に、

ウッドベース持って立ってるだけのあんちゃん

そんな感じだったと思います。

凄く運命的なものを感じるんですが、

十和田のアニキ、まーちゃんの今のお店が、

当時地元ジャズメンの溜まり場、335だったんです。

行けば必ず『1人2000円で1人ハーパー1本』

明け方までガンガンジャズ。

正にTHE JAZZなお店でした。

僕はそれまで上北町のウッドカンパニーでブルースセッションに週三日、

ほぼ寝る事なく、勤めそっちのけで遊び回っていましたが、

丁度チャキのウッドを手にして(ミッキーさんに師事していた頃)

意気がって335に出入りする様になっていました。

ある晩のセッション、うっすら憶えているのはたしか、、、

ドラムはナベさん、ギターにMatumotoさんとKenさん、

フロントに松橋さんと、、、う〜ん、、あと、、、???

僕がベースだったんですが、

曲はサマータイムだったのは憶えてます。

途中でロスト(迷子)しちゃいまして、

ただただ頭の中真っ白で、

ボンボンボンボン弾きながら焦りまくってました。

そしてそこに酒に酔った師匠が近寄ってきて

耳元で

「デタラメ弾いてんじゃねぇ!!」

と一喝!

ひえええぇぇぇぇ。・゚・(ノД`)・゚・。


そんなんでションボリして飲んでましたら

「へぇ、君、若いのにジャズ演りたいの?いいね!今度八戸にもおいで。」

と松橋さんが声を掛けてくれました。

電話番号を交換し、

それから数日後、八戸の男山ビルというビルの地下のお店へ向かいました。

薄暗いアジトのような335とは違って明るい店内、

洒落たバーで背広姿のテナーマン、スッとしていて格好良かった。

ダンディーという言葉がよく似合いました。

僕の為に少し枠をつくって下さいまして、

その時はたしか覚えたてのオングリーンドルフィンストリートとブルースを演奏しました。

ソロが廻ってきましたが、まあソロなんて取れる訳もなく、

まぁ良く言えばランニングベースソロで乗り切りました。

たったそれだけの演奏で汗ダックダクになってしまいましたが、

「一生懸命弾いてたね、これからも頑張って!また呼ぶからよろしく。」

とお声頂いたのでした。

それからまたこうやってライブに呼んで頂いては

1、2曲勉強させて頂く機会があったのですが、

僕はその頃勤め先のお菓子屋さんで工場長になってしまい、

その責任感と残業でライブの音出し時間に(八戸には)とても間に合わず、

残念ながら疎遠になっていきました。

その後幾度かお電話頂いたのですが、

楽器に真面に触っていなかった事もあり、

折角のお誘いを受ける自信というか勇気が持てなくて、、、、

いつしかの電話で、

「君は筋がいいから勿体ないよ。続けてね。」

と言って頂いたときに嬉しくもありましたが

ちくりと胸に「断わった後ろめたさ」の様なものがありました。


そしてその10数年後、前田さんとマーズのライブ再会し、

それが元でDuoを組ませて頂きました。

それから数週間、

入院なさっているとは聞いておりましたが

残念ながらお亡くなりになったことを知りました。


その時何を思ったか。

文章に上手く出来ません。

ああ、何であの時勇気を出して八戸に行ってなかったんだろう、、、

いや、あの頃は本当に忙しかったから仕方なかったんだ、、、

自分は松橋さんの好意を無駄にしたんだな、、、

自分は「本気になって」取り組んでなかったんだよ、、、

嗚呼本当に、、、

悲しい反面、自分に都合の良い後悔ばかりが出てきて自分が情けなくなりました。


僕にとっての松橋さんとの思い出です。

苦く悔しい思いでです。




会場では前田さん達のバンド、ページワンの皆さんが入り口近くに陣取ってまして

わあわあと挨拶し僕はノンアルコールで乾杯。

すぐページワンの演奏が始まりました。

皆さん気持ちのこもった熱い演奏で(勿論どのバンドも!)

セッションタイムも含め5時間、たっぷりと聴かせて頂きました。

各バンド、松橋さんへ捧げた演奏、

松橋さんの残した財産である編曲されたスコアの演奏、

皆さんの熱演を聴くだけで氏の偉大さがひしと感じられました。

僕なんてほんと差出がましいのですが、

枯葉とBbのブルースをセッションで弾かせて頂きました。

その演奏が諸先輩方に幾分か好評頂けたのが

天国の松橋さんに届いていたら嬉しいなと、

そうおもいました。


師匠に久しぶりに挨拶することもできましたし、

人伝えに「あいつ良くなったな」と仰っておられたご様子。

素直に嬉しかった!


そして新しい出会いが。

昨年の夏のこと、

寺山修司記念館にて行われた野外ライブにページワンが出演、

僕も仕事を片付けバイクで流しがてら応援に行きました。

その時別なバンドで吹いていたボントロさんに釘付け!

あの人誰ですか?トロンボーンこの辺に居たんですか??!!

ええ!!??ナッティーさんってんですか!!

うわわ!めっちゃくちゃかっこいいいいいい!!!

体全体でボントロをブロウするその姿に男惚れ(※ホモでは無いぞホモでは)

いつの日かご一緒したいと思ったのでした(サウナじゃないぞサウナじゃ)。


そして、会場にナッティーさんを発見!

すぐさま話しかけ自己紹介すると

「おおお!君が原田君!前田さんに聞いていたよ!」

と!

聞くと同じ生まれ年の一級上であることが判明!

お======!!!!

やっと巡り会えた同世代のホーン奏者!!!

嬉しい!!!

ナッティーさんも僕の演奏が気に入って下さった様子、

ご自身のFBのウォールにこの様なコメントをして下さいました。



『昨日の松橋弘人メモリアルライブで初めてお会いしたベースの原田さん。

上手いなぁ。

一つ年下ですが同年代のプレーヤーではピカイチでした。

青森も捨てたもんじゃない。

これからが楽しみになりました。

松橋さんが亡くなってから一年…。

きっと引き合わせてくれたのだろうな…。

素敵な出会いでした!!』


ナッティーさんありがとう!!!

僕自身も何かゾクゾクとする様な興奮を感じましたし、

何かが始まったぞ、、、

そんな気にもなるのでした。

その後すぐにFBから何故かLINE、連絡先を交換させて頂きました。

そしてその事を伝えると前田さんも自分の事の様に喜んで下さいました。




七月七日、

言い訳を振り切り

勇気を出していった八戸。

天国の松橋さん、


こんな僕にも


本当にありがとうございました。



会場でお世話になりました全ての皆様、

ありがとうございました。


まとまらない文です申し訳ないですが、

気持ちのまま、思いつくまま書きました。




















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  1. 2013/07/11(木) 02:38:26|
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